2012年03月13日

15854+3155+...





数字には表せないものがありすぎる。



あまりにつかめない数字で、
引き寄せる手段として恐縮ながら手前の話になる。




2011.03.11.14.46


そのとき、何を思った。
まずは真っ白だった、なにが起きているのか分からなかった。

目の前はかわいらしく着飾った女の子たちが悲鳴をあげて出口に殺到している光景があった。
壁の表面が剥がれ落ち、みるみる粉塵の白煙が立ち込めていった。

私は何十秒か固まったあと、着座していたイスを伝って机の下に潜り込んだ。
頭より体が判断したようだった。

机の下で体をかがめたら、少し思考が働いた。

そのとき、何を思った。

何より先に浮かんだのは、愛する人の安否。
震える手で携帯を探してメールを打つ。
うまく打てないし、電波もうまく入らない。


こうやってあの瞬間の次の瞬間を過ごした人がどんなに多かったことだろう。
そして、そうしたくてもできなかった人がどんなに。




私はそのとき、
その日の仕事先だった新宿のファッションビルの社員食堂にいた。
剥がれ落ちた壁の粉塵、バックヤードの階段の隆起やヒビ、戻った売り場で見た混乱。
華やかな内装と対照的な光景。


その場所での仕事はその日限りで辞めたが、
今も単に客としてそのファッションビルに立ち寄ることはある。
入る前には、ふうと一息、気合ひとつ、やはり今でも必要である。
上の階から水漏れし滝と化していたエスカレーターに乗るときはつい、上を見て確認している。
見ないようにしたらしたで、水滴が落ちてきたような気がして結局はっと上を向く。


私は単なるビビリなのかもしれないが、
そのときを断ち切れずにいる人がどんなに多いことだろう。




結局その晩は社員食堂に泊ることになった。
八階。耐震構造がしっかりとなされている証拠だろうが、円を描くように揺れ続けた。

設置されているテレビは映りが悪く、映像も音声も途切れ途切れだ。
ときどき鳴る地震速報の音はその度、悲鳴でかき消される。

テレビの映りが悪かったせいで、携帯の電波も悪く電池消耗を避けるために極力使わなかったせいで、情報が少なかった。
そのことにずっとヤキモキしていたが、それがむしろ救いとなっていたかもしれないとすぐに気づいた。


読み取れた朝方のニュース速報のテロップ。
――海岸に200〜300の遺体がある模様。

そのとき聞こえた悲鳴は食堂のものではなかった。
むしろ食堂は息を呑む音が聞こえたようだった。


それからはもう、耳を塞いでも聞こえる。
目も耳もぎゅうと塞がないと、    。






2012.03.11+1

私はそうやって自分の弱さに負けて、真正面から向き合ってこなかった。
今でも役に立てるほどになっていない。

だが少なくとも暦の上では一年が経ったのだ。
まだ誰かのプラスになれないのならせめて、
マイナスにならないように、もしくは最小限のマイナスでいられるように、から始めることにした。


私なんてどうなってもいい、は逃げである。
結局あれからしばらく、大切なひとたちの時間を割き、心配や迷惑をかけた。

もちろん、自分だけでは生きていけない。そんなの淋しくて絶対嫌だ。
お互い様で頼り合って生きていきたい。

でもここでこうしているには、ある程度ひとりで乗り越える覚悟と備えが必要だと痛感した。
思っているだけでそれを忘れない、方が難しいから、目に見えることを。
それはもう少し整ったら書こう。





15854+3155+...、それの二乗三乗、
安易な言葉選びかもしれないが、それだけの[物語]がある訳だ。
あなたの愛する人がその中に溶け込んでいる。
そんなの風で吹き飛ぶような軽さであるはずがない。

[20110311]としてひとつに括らない。
括れないこと、そんなのほんとは知ってるよね。






反則だけど、本音の本音を言えば、まだ信じたくないです。
でも現実だと認めることが、あなたの安らかな眠りに少しでも繋がるのなら。

黙祷。









posted by アキラm at 01:01| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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